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公式1で「時間」にあたるところには公式2では「手数・工数・リソース」を持ってきた。

公式1で「距離」にあたる箇所には以前まで私は「駒効率」を持ってきていた。例えば「敵玉」「自玉」のそばにある駒はそれぞれ価値が高く、遠い駒は価値が低い。とはいえ大きく動ける大駒の場合は距離が遠くても価値はそこまで減少しない。これも間違いではないがより細かく見て気づいたのが今の公式2の「駒の位置・配置」となった。

単に距離が近ければ良いと言うわけでもない。邪魔駒のせいで自玉が逃げられないとか、駒を打ちたい箇所に打てないという事象が平気で生じる。逆に言えば相手の有力な守備駒を取り除けずとも位置を悪化させることによって無力化するのは可能な場合が多い。

また位置の価値は「出会い系サイトの相手の駒」「自分の駒」の相関関係で決まる相対的なものだ。分母にあたる位置の価値が相対的であるがゆえに将棋における速度計算が相対的になるのも当然のことだろう。一つの数直線上では表せないものになる。絵画や音楽、あるいは立体グラフとでもいおうか。少なくとも文章で伝えるのが非常に難しい概念なのは間違いあるまい。私の表現力やボキャブラリーの問題ではないと思う。将棋知識がある程度ある人にならば共感してもらえると思うんだが。

一つの要素に複数の意味があるのはよいゲームに共通して見られるポイントだと思う<たとえばシノビガミはプロット値にコストとイニシアチブと彼我の距離とファンブル確率という4つの意味をつけている。プロット値を操るだけで4つの駆け引きが同時に行えるわけだ>。

駒の位置の中で特に重要なのは敵味方の玉の位置である。距離は重要な要素だが、それ以外にも「駒の利きがそれぞれの玉のどこをカバーしているか?」とか、その駒自体の居る場所にどれくらいの可知があるか(たとえばその駒がいなくなれば相手に持ち駒を打ち込まれて即詰みがある場合、その駒の位置の価値は極大である。歩であろうが龍であろうがきわめて大きな価値になる)。空白の場所に敵味方の持ち駒が投入される可能性が将棋と言うルールを複雑化している。まあ、それが楽しいんだが(笑)。戦争における予備兵力、伏兵の投入地点のようなものだ。自分が撃ち込みたい場所をこじあけて打ち込む手筋は頻繁にみられる。逆に相手に打たせない考え方が「相手の打ちたいところに打て」と言う防御方法だったりする。

「詰将棋とは敵玉を悪い状況に追い込むためだけにほとんどの駒をつぎ込むパズル」だと今更ながらに悟った(笑)。中盤までは駒得をするためにあれほど血道をあげていたのに、終盤になると平然と駒を捨ててでも敵玉を詰めるスピードに突っ込んでいく。この思考の切り替えが私はいまだに不十分なのだ。ゴルフで最初はドライバーで距離を詰め、中盤でアプローチをし、終盤はパターで沈めるというように。将棋も序盤中盤終盤で目指すべき価値が変わるルールである。序盤は平均風速で考えればよいが終盤になるにつれて最大瞬間風速を考える比率が上昇するとでもいおうか。それを見越しての「駒の位置の価値最大化」を考えなければならない。全ての要素が複雑に絡み合っている。

速度と言えば「持ち時間制の将棋」になると別の速度が加わる。「素早い指し手を続ければザ・ワールドのスタンドを使わずとも時を止めることができる」とでも言おうか。なぜなら自分の持ち時間を消費せず、相手の持ち時間で考えられるからである。これもゲームにおける速度の一環なのだろう。とはいえ本誌からはちょっとズレるわけだが。

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